2020.07.14 13:30
グッバイ冷蔵庫。

2006年にデビューしたあと、おれはしばらくは大阪の北浜という街に一人暮らしをしていた。

北浜という街はいわゆる大阪一のオフィス街で、おれが住んでいたのはそんな企業ビルが立ち並ぶとある製薬会社の社宅を改造した事務所物件だったのだが、そこは15畳もある鉄筋のワンルームで家賃はなんと5万円ポッキリ。他のテナントはほぼ事務所ということもあり、夜は誰もいなくなるので24時間音出しても怒られないという稀有なマンションだった。

オーナーも相当変わっていて、借りる時、おれがミュージシャンだということを伝えると、普通だったら嫌な顔したり、騒音問題があるのでーみたいな感じでやんわりと断られたりするところなんだけど、そのオーナーは「是非入ってくれ。おれも昔歌手になりたかったんだよーガハハ」と笑い飛ばすような不思議な人だった。ちなみに当時オーナーは北海道に住んでいたらしいのだが、数年前に間違って電話をかけてしまった時は沖縄に移住していた。話を聞くと「寒いのはもう飽きた」らしい。電話越しに「次はハワイだなヌハハ」と笑っていた。メジャーデビューが決まった時にはなぜか自分が書いた大量の歌詞のデータが送られてきて、「いつでも使っていいから」の置き文句とともに、当時のおれを困らせたことは言うまでもない。

それからのおれはその部屋にたくさんの機材を運び込み、当時仲が良かったピアノジャックや、作人をはじめとしたたくさんのミュージシャンがうちにレコーディングをしにきたり、ライブ終わりに遊びに来るような、そんな溜まり場スタジオを完成させた。今の部屋には置けないくらい大きなミキサーとかビンテージの機材とかたくさん設置してたっけ。今でこそプライベートスタジオは当たり前になったけど、15年近く前、そんな風に自宅にスタジオを持ってる人間なんてほとんどいなかったこともあって、ほんとに毎日いろんなミュージシャンが遊びに来てはあーでもないこーでもないと議論を交わしたものである。

この冷蔵庫はそんな時に買った「マイ・ファースト・冷蔵庫で」今日の今日までずっと使っていたウチで最も古い家電だ。

事務所物件だったもんで、冷蔵庫を入れるスペースが完全に決まっていて、高さや幅もデザインや色味もピッタリくるコイツを見つけた時はマジで震えたことを覚えている。

それから上京して、最初に住んだ世田谷の家、次に住んだ下北沢、そして今住んでいるこの家と、4代にわたって活躍してきたこの冷蔵庫。思い出は数知れず。シール貼ったり、ナンバープレートつけてみたり。

ちなみに下北沢の家に引っ越す時に一度思いっきりガシャーンとこの冷蔵庫を倒したことがあるのだが、壊れることもなく今日まで動いてくれたこの15年落ちの黄色い冷蔵庫。最近じゃさすがに冷やす力も弱まってきたり、なし崩し的にもう限界かなと思うところもあったりして、買い替えを考えていた時に、今回あたらしい冷蔵庫に出会って、このタイミングしかないと買い換えることにした。

今日の午後、業者があたらしい冷蔵庫を持ってきてくれるその前に、自分への記録としてこの文章を残しておくことにする。

思い出がたくさん詰まった黄色の冷蔵庫ちゃん。

いままで本当にありがとね。